Delta Air Lines, Inc.

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デルタ航空 は、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタに本社を置く航空会社である。

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デルタ航空( -こうくう、英語: Delta Air Lines, Inc.)は、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタに本社を置く航空会社である。

アメリカン航空、ユナイテッド航空と共に米国系エアライン「ビッグスリー」の一角を占める。

概要

1929年にコレット・E・ウールマンらがルイジアナ州モンローで「デルタ・エア・サービス」として旅客サービスを開始し(それまで農薬散布の会社)、1941年にアトランタに移転する。社名は、ミシシッピ・デルタ にちなんで付けられたものである。現存するアメリカのエアラインでは最も古い歴史を誇る。

第二次世界大戦の際には他の航空会社と同様アメリカ軍への協力を余儀なくされるが、戦後になるとその規模を急速に拡大し始める。

1955年には、早くも本拠地のアトランタを中心とする乗り継ぎ形態として「ハブ・アンド・スポーク」システムを構築。1960年代になるとDC-8をはじめとするジェット機を導入し、1970年代までにジェット機にほぼ機材を統一する。

1953年にシカゴ・アンド・サザン航空と、1972年にノースイースト航空と、1987年にウエスタン航空と合併する。

1970年代半ばまでは中米路線はあったものの、アメリカ国内線が主であったが、1978年には規制撤廃に伴い大西洋路線を充実させていく。

1987年には、初の太平洋路線としてL-1011型機を使用して、ポートランド国際空港から成田空港へ就航。1991年には倒産したパンナムから大西洋・ヨーロッパ路線を買収し、基本的には国内線及び近距離国際線、そして大西洋路線を重視したネットワークを形成していったのである。

2000年6月、エールフランスや韓国の大韓航空、メキシコのアエロメヒコ航空とともに国際航空アライアンスの「スカイチーム」の創設メンバーとなる。

2005年、原油価格の高騰に伴う燃料費の増加によって収益が悪化。加えてハリケーン・カトリーナによって同社の地盤であるアメリカ南部が被害を受けたことなどから経営危機に陥り、同年9月14日、ノースウエスト航空と同時期に連邦倒産法第11章(チャプター11)の適用をニューヨークの連邦破産裁判所に申請し、経営破綻。しかし、運航自体は継続しながら経営再建を行い、2007年5月1日に正式に連邦倒産法第11章から脱却して経営再建に成功した。これと同時に機体に新塗装が施され、新しいロゴマークも発表された。それに先立って、ニューヨーク証券取引所への再上場も果たす。

2008年4月14日、アメリカ第5位のノースウエスト航空との合併を発表し、同年10月29日、アメリカ司法省の承認を経て、当時としては世界最大の航空会社「デルタ航空」が誕生、2010年1月31日に正式に統合が完了した。

2012年、シンガポール航空が保有していたイギリスのヴァージン・アトランティック航空の49%の株式を取得し、共同事業を行うと発表。翌年9月に反トラスト法の適用除外認定を受けた。また同年5月には日本市場における競争力・財務力を強化するため、日本支社長に元日本コカ・コーラ副社長の森本大を起用。

2018年2月、マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校銃乱射事件を契機に、全米ライフル協会会員に対して行ってきた運賃割引制度を廃止することを打ち出すと、ライフル協会会員からボイコット運動を受けることとなった。同年3月、エド・バスティアンCEOは社内向けのメッセージで、ライフル協会に限らず政治的に異なる見解を持つ団体全てに対して、現在適用している運賃割引制度の見直しを進めていることを示唆している。

2019年6月30日付をもって、日本支社長だった森本大が退任。1か月の空白期間を経て、7月29日付で、元マリオット・インターナショナルのヴィクター大隅が日本支社長に就任した。

2023年5月1日、アメリカ運輸省(以下DOT)に羽田発着枠の柔軟運用に関する要望書を提出。これは日本側はアメリカ就航地を自由に決定できるのに対して、アメリカ側は路線を限定されていたこと対する改善要望だった。内容としては3年程度限定で各社2枠を上限に申請以外の任意の路線を開設できるというものである。ちなみに当時のデルタの羽田発着枠取得路線は7枠(アトランタ・デトロイト・ミネアポリス・ロサンゼルス・シアトル・ポートランド・ホノルル)であり、このうちポートランド・ホノルル便は当時運休だった。この意見にアメリカン航空・ハワイアン航空は賛成した一方で、ユナイテッド航空は反対を表明。デルタ・ユナイテッド双方で意見が対立し、DOTに判断がゆだねられることとなった。結果としてDOTは要望案を却下し、デルタに対し休止中のホノルル・ポートランドの2路線について、10月28日からの2023年冬ダイヤ以降の行使可否の通知を10月1日までに要求した。これを受け、デルタはホノルル線においては10月29日より1日1便のデイリー運航を決定、機材はボーイング767-300ERを使用。一方でポートランド線は就航を見送り、発着枠返上及び再配分されることとなった。

2024年7月19日、世界各地の様々な業種でコンピューターシステムの障害が発生。デルタ航空も通信システムに障害が発生したとして全便の運行を停止した。

現在ではメインハブ空港であるアトランタ国際空港をはじめ、ハブ空港からアメリカ国内および世界各地に向け、1日に4900便を超えるフライトを運航している。国際線はヨーロッパ・アジア・カナダ・ラテンアメリカ・アフリカ・オセアニアに就航している。2009年7月よりオーストラリアに新規就航を果たし、世界でも6大陸すべてに就航する数少ない航空会社になった。旅客運送数および旅客キロ数で、アメリカン航空に次ぐ世界第2位の大手エアラインで、スカイチームの中心的なエアラインでもある。

イギリスのスカイトラックス社による航空会社の格付けで「ザ・ワールド・スリー・スター・エアラインズ(The World's 3-Star Airlines)」の認定を得ている。

機材

デルタ航空の保有機材は900機を超え、その数は単一の航空会社が保有する機材数では世界第3位である(第1位はユナイテッド航空、第2位はアメリカン航空)。その種類は旧デルタ航空発注のボーイング社製機材中心のラインナップに加え、ノースウエスト航空から引き継いだエアバス機など、多岐にわたっている。そのため、様々な座席数を持つ機材が豊富に揃い、各路線に最適なサイズの機材を投入することが可能となっている。反面、機材の競合も多く、整備や部品管理などの効率が悪くなっている。また、デルタ航空は新型機も多く発注している一方、アメリカン航空・サウスウエスト航空など競合他社からもボーイング757、ボーイング717を購入・リースしている。

なお、デルタ航空が発注したボーイング社製航空機の顧客番号(カスタマーコード)は32で、航空機の型式名は767-332ER、777-232ERなどとなる。但し、ノースウエスト航空から引き継いだ機材は、ノースウエスト時代のカスタマーコード51が与えられており、航空機の型式名は747-451

757-251となる。

運用機材

ギャラリー

発注機材

サウスウエスト航空からボーイング717型機を中古リースで導入し、DC-9シリーズを更新した。このボーイング717はエアトランで使用されていた機材である。2025年末までに全機退役させる方針である。

現有保有機材数で一番の大所帯であるボーイング757-200型機は一つの機材でなく、エアバスA321LR及びボーイング737-900ER型機の二機種の新造機によって代替する予定。

ノースウエスト航空が発注していたボーイング787-8型機については注文の一部が取り消され、残りも納入が2020年以降に延期されていた。しかし、2016年12月27日に正式に発注がキャンセルされた。発注取り消しについて契約の具体的な内容は非公表としている。なお、デルタは発注済みの737-900ERを2019年までに受領する予定で、計120機にのぼる。

ボーイング747-400及び767-300ER型機の代替を含めたワイドボディ50機程度 の導入を検討しており、エアバスA330やA350 XWB、ボーイング777-300ER、ボーイング787-8/-9などが候補に挙がっていた。2014年11月20日にエアバスA350-900型機とA330-900neoを25機ずつをボーイング747-400型機や767-300ER型機の後継機として発注し、A350 XWBは2017年、A330neoは2019年から受領する予定と発表された。このうちA350 XWBは同年10月30日よりデトロイト - 成田線 でのデビューを果たした。

2017年12月13日、エアバスのA321neoを約100機発注する計画を発表した。エンジンはプラット・アンド・ホイットニーの予定である。

退役機材

エアバスA310-200

エアバスA310-300

コンベア880

ダグラス DC-4

ダグラス DC-7

ダグラス DC-8

ダグラスDC-9

ボーイング727

ボーイング737-700

ボーイング747-100(当時国内線中心だったため供給過剰となり、1977年までに退役、2機はチャイナエアラインを経てパンアメリカン航空に移籍)

ボーイング747-400(2017年12月17日に、ソウル発デトロイト行きの便を最期に退役。なお、この機体による日本路線は、同年10月31日で終了していた。)

マクドネル・ダグラス DC-10

マクドネル・ダグラス MD-11

ロッキード L-1011 トライスター

ボーイング777-200ER

ボーイング777-200LR

マクドネル・ダグラス MD-80シリーズ

マクドネル・ダグラス MD-90

ボーイング747の運航

ノースウエスト航空と合併後、貨物機を含め20機以上の747シリーズを保有し、同社の最大機材として太平洋路線を中心に運航された。

ボーイング747貨物機を中心とした貨物専用機の運用は2010年1月末をもって終了し、退役した。

旅客型についてはしばらく運用が続けられたが、最終的にボーイング747-400型機は2017年に完全に退役し、デルタからボーイング747は引退した。ノースウエスト統合によりデルタは日本からの以遠権を有していたが、ハブとなる成田国際空港の発着枠には限りがあった。かつて、需要旺盛な日本および東アジアへこの少ない発着枠で輸送力を確保するには、ボーイング777では容量不足であり、747が必要とされていた。また、成田空港に設けた整備工場で747の高度な整備が可能であった。以上の理由によりデルタ航空はボーイング747-400型機の運用を続けていた。

しかし、初期に就航した機体は25年以上運用しており、置き換えが急務であったことから、2014年第3四半期の業績発表時に、747-400を2017年に完全退役させる予定を発表した。これにはデルタ航空とスカイチームにおける日本の重要性が低下し、日本路線の容量見直しが可能になったことも理由のひとつである。デルタのハブであるデトロイトから、スカイチームメンバーのハブであるソウル/仁川(大韓航空)・上海/浦東(中国東方航空)などに直行便で接続できるようになり、成田を経由せずとも、以前は以遠権で就航していた東南アジア地域から集客できるようになった。さらに、統合前のデルタ時代から日本に提携するカウンターパートナーは存在せず、日本航空やスカイマークの再建計画にもデルタは参入できず、2021年現在もなお、日本の航空会社からスカイチームに所属するメンバーは出ていない。

2015年9月8日(ハワイ時間)のホノルル発アトランタ行836便をもって引退 した同社保有の登録番号「N661US」(製造番号23719/696・ノースウエスト航空85便緊急着陸事故当該機)は747-400型機のプロトタイプの1機であり、2016年4月にアトランタ本社の付属施設であるデルタ航空博物館に寄贈され、2017年3月28日より一般公開されている。

2017年に、デルタの747は運用数6機まで削減され、デトロイト発着のアジア便を中心に運航されていた。日本の定期路線から10月30日の成田→デトロイト(DL276便)をもって引退 した。しかし定期以外では11月28・29日にかけて「N668US」がアメリカ軍のパトリオット・エクスプレスとして仙台・嘉手納へ飛来している。

12月には運用が4機にさらに減り、12月19日 仁川→デトロイト(DL158便)を最後に引退した。当初予定では、現地時間で12月17日発 仁川→デトロイト(DL158便)を定期便ラストフライトとしていたが、12日になって19日仁川発が追加され、結果的にはこれが最後の定期フライトとなった。17日デトロイト発(DL159便)が当日になりパイロットを確保できず747での運航を取りやめ、翌18日にデトロイト(9:18)→仁川(13:11)(DL9859(159A)便)で運航し、折返しの仁川→デトロイトは12日に設定された19日仁川発(DL158便)を約2時間半の遅延で運航した。ラストフライトは「N666US」が務めた。

定期運航便とは別に18日から自社社員向けのフェアウェル・ツアーを以下で運航した。

「N674US」11日ソウル仁川→デトロイト着後ラインアウト、18日デトロイト→エバレット→シアトル、19日シアトル→アトランタ

「N670US」17日ソウル仁川→デトロイト着後ラインアウト、18日デトロイト→シアトル

「N669US」18日上海浦東→デトロイト着後ラインアウト、19日デトロイト→アトランタ、20日アトランタ→ミネアポリス

「N666US」19日ソウル仁川→デトロイト着後ラインアウト、20日デトロイト→ロサンゼルス

また、12月31日迄年内はスポーツ団体向けを含むチャーター便を運航し、2018年1月3日までに全機アリゾナ州マラナへ回送された。デルタはこれらイベントをSNSで「#DL747Farewell」のハッシュタグで情報発信するとしている。

就航都市

就航都市は全世界6大陸にわたり、350都市を超える。

日本路線

※コードシェア L→ラタム・エアラインズ・チリ、V→ベトナム航空

歴史

1986年9月19日、アメリカン航空とともに、米運輸省から日本への乗り入れを認可された。デルタ航空は、1987年3月に日本への乗り入れを開始した。1987年3月3日、アトランタ-東京/成田線、ポートランド-東京/成田線を開設し、日本への乗り入れを開始した。旧社時代は成田国際空港からポートランド、ロサンゼルス、ニューヨーク、アトランタへ、名古屋飛行場からポートランド・ロサンゼルスへ運航しており、短期間だが福岡 - ポートランド線を運航していたこともあった。しかし、2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの直後、成田 - アトランタ便を除いたアジア路線から一時撤退した。

その後のノースウエスト航空との統合により、成田でのハブ機能を引き継いだ。2013年時点では外国航空会社として同空港で最多の運航便数を誇り、その数は日本航空(JAL)、全日本空輸(ANA)に次いで3番目で、外資系エアラインでは最多となっていた。

名古屋/中部発着のデトロイト線では、デルタが運航する日本路線としては初めて、日本の特定地域の特産物を取り入れた限定機内食(松阪牛使用)の提供をビジネスクラス以上の乗客を対象に実施するなど、近年では日本人向けの機内サービス向上に努力していると評価されていた。

また、旧ノースウエスト航空の以遠権を生かすことで、成田国際空港をハブ空港の一つとし、アジア圏へのネットワークを形成していた。かつては関西国際空港からマニラ、台北、高雄、クアラルンプール、ジャカルタ、中部国際空港からマニラへ向かう以遠権ルートもあった。日本の国内線でコードシェア便相手を確保できなかった(JALはワンワールド、ANAはスターアライアンスに加盟しており、スカイチームには日本の航空会社は加入していないため、国内での地方空港からの旅客を取り込めないでいる) ことや、アメリカ本土とアジア各国を結ぶ路線が増加したことから、日本経由の路線を減らす方針であると発表していた。2011年には成田空港で週196便運航していたが、2018年に入ってからは、1月8日にグアム便、5月6日に唯一の直行便だったサイパン便とパラオ便を運休し、7月には上海/浦東便から撤退し、成田空港発は週53便まで減った。また、富里市に同社が所有していたラディソン成田・機内食工場・研修施設を2016年秋に売却し、ホテルを除き閉鎖されている。

その一方、成田空港内にある格納庫の賃貸借契約に2014年10月1日からの使用開始で合意し、12月1日より「成田テクニカルオペレーションセンター」を開設。同空港をアジア地域の拠点として活用する動きとされた。成田空港撤退後も、就航前整備や長距離路線用の機材の定期整備作業で使用し、同空港をアジア地域の整備拠点として活用している。しかし、日本国内に提携航空会社がなく(スカイチームには日本の航空会社は加入していないため) 、日本の国内線からの乗り継ぎ需要や、アジア-日本-アメリカでの3国間流動の取り込みに失敗していたため、提携会社を取り込もうと行動したこともあるが、これも失敗した。

2015年頃、スカイマークが民事再生法を申請し、債権者集会で再建案を決議することが決定した。当初は国交省が支持したANAホールディングスを中心とする案が有力であったが、ANA側が提示した再建案ではスカイマークが民事再生法申請前に運航していたエアバス機(A330)と発注していたA380が排除されていた。債権者であるエアバスと航空機リース会社のイントレピッドが反発し、イントレピッドはデルタを担ぎ出した。デルタ航空にしてみれば、欲しかった日本市場での航空会社を傘下にでき、日本に加盟航空会社が無いスカイチームへの加盟させれる可能性があったので、ANAとデルタが相対する構図となった。しかし、ANAはエアバスにA380など機材の購入を持ちかけて支持を取り付け、デルタはスカイマーク再建計画で敗北した。そのため、日本とアメリカ間のビジネス需要を取り込む戦略にシフトした。そのため、成田空港発着の路線を以遠権路線を含めて大幅に路線を縮小していき、羽田空港発着にシフトする動きが表面化した。

上記のような騒動後、2015年末頃に日米航空交渉の目途がつき、羽田空港の昼間発着枠が新規割り当てされる可能性が出てきたが、デルタは従来の成田国際空港の地位低下を危惧し、羽田空港発着枠を新規に割り当てる際、成田空港発着枠への移行を要求した。

2016年1月13日、東京/成田 - ミネアポリス線の運航を廃止する可能性があることが報道されたが、同年2月18日に日米航空交渉が合意に達し、2016年10月末からの冬期スケジュールから、アメリカ線の羽田発着枠は、昼間時間帯に日米双方5便、深夜早朝時間帯に双方1便の1日計12便で合意された。これを受けデルタは、「羽田空港の昼間の発着枠の部分的な開放に合意したことを非常に残念に思います。羽田空港では引き続き競争が制限され、厳しく規制された空港となると思われます」という立場を公表 した。しかし羽田就航をあきらめたわけではなく、アメリカ運輸省(DOT)に対し、ロサンゼルス・ミネアポリス・アトランタ線の新規枠での就航希望を申請したと発表し、2016年7月20日、アメリカ運輸省によりデルタのロサンゼルス線とミネアポリス線の割当が決定された。

デルタは今回の羽田発着枠の配分で、依然日本国内に提携航空会社をもたないデルタが自社以外のアメリカ系の航空会社(すなわちJALと提携するアメリカン航空・ハワイアン航空、ANAと提携するユナイテッド航空)よりも不利になると主張した。アメリカン・ハワイアン・ユナイテッドは日本路線からJAL・ANAが展開する国内線およびアジア路線のネットワークに容易に接続でき、JAL・ANAもまた国内線から太平洋路線を介してAA・HA・UAが展開する米州路線に接続できる。しかし、成田を拠点とし日本国内のネットワークが貧弱なデルタは、自社が成田と羽田の2つの「東京」空港で運航を強いられた場合、重要な顧客層の流れはデルタの既存の成田発着便から地理的優位性の高い競合他社の羽田発着に移るとみなした。そのため、2016年秋から、成田 - ニューヨーク/JFK線とその接続便の成田 - 関西線、成田 - バンコク線を運休(事実上撤退)した。

かつてノースウエスト航空は関西からもアメリカ本土路線(ロサンゼルス、デトロイト、シアトル)や接続するアジア路線を運航していた。当社との経営統合に際して再開したシアトル線も運休し、一時関空からはホノルル線のみとなっていたが、2019年4月2日より、夏ダイヤ限定で関西 - シアトル線の運航を再開した。これは香港 - シアトル線運休の代替で、シアトルのハブ機能強化によるものであった。

2019年5月16日、2020年東京オリンピックに対応した、2020年夏期スケジュールの羽田空港発着枠新規配分で、シアトル・デトロイト・アトランタ・ポートランド・ホノルルの5路線の仮承認をアメリカ運輸省から受けた。成田撤退の方針は変わらず、成田 - シンガポール線を同年9月22日、成田 - マニラ線も2020年4月に運休し、ノースウエスト航空時代から続いた成田発日本以遠路線からの撤退を同年8月9日に発表した。これにより、デルタのアジア・太平洋路線におけるハブ空港は、同じスカイチームの創設メンバーでジョイントベンチャーを協業している大韓航空の拠点である韓国・ソウル/仁川へ移行するとした。

2019年10月2日、デルタ航空国際事業部門社長のスティーブ・シアーが、「今のところ(羽田移管後に)成田に戻る計画はない」と記者会見で述べながらも、他社から機材整備を請け負っている「成田テクニカルオペレーションセンター」や顧客管理など一部の部門は成田に残すとしたが、羽田移管後に日本でのハブ運航は行わないとの認識を示している。

2020年3月28日、同社が運航する成田便は、シアトル発のDL167便(到着最終便)とアトランタ行きのDL296便(出発最終便)を最後に全便が撤退し、成田が開港した1978年に、旧ノースウエスト航空で乗り入れを開始してから約42年の歴史が幕を閉じることとなった。これに伴って、米国外唯一の成田の「デルタ・スカイクラブ」ラウンジも閉鎖した。一方、羽田に「デルタ・スカイクラブ」ラウンジを第3ターミナル4階の東京国際空港ターミナル(TIAT)ラウンジを改修し、東京五輪に合わせ開業予定だったのをコロナ禍のため延期の後、2022年7月29日に開業した。

また、関西発着(通年運航のホノルル、夏季のシアトル)及び中部-ホノルル線について、2020年夏スケジュールでは運航を予定していたものの、結果として同年以降運航されていない。一方、自動車産業の関係者に利用されていた中部-デトロイト線は、2021年に週1往復で再開したが、2023年3月に事実上の運休となった。関西からは日本航空がロサンゼルス、ユナイテッド航空がサンフランシスコへ毎日運航しているものの、中部は当社のみならず、アメリカ本土への直行便そのものを失った他、デルタ航空にとっては共同運航便を含む米国航空会社で過去最少規模の日本乗り入れ便数である。

需要の変化により、アメリカ運輸省に羽田スロットの柔軟活用案を提案し、ホノルル線とポートランド線の発着枠を使用し路線変更を計画したが、却下された。結果的に、2023年10月28日、東京/羽田-ホノルル線に新規就航したが、2023年9月22日、東京/羽田~ポートランド線の発着枠を返還すると発表した。

2025年4月から羽田-ミネアポリス線、2025年5月から羽田-シアトル線の機材をエアバスA330-900neoからエアバスA350-900に変更し、ホノルル線以外の日本とアメリカ本土を結ぶ路線の機材がエアバスA350-900に統一された。

2025年のトランプ政権の関税政策をうけ、エアバスからの新造機を成田テクニカルオペレーションセンター経由で受領する可能性が報じられた。

2027年3月より成田-シアトル線が開設されるとの報道があった。使用機材はエアバスA330-900neoとなり、7年ぶりに成田路線が復活し、2年ぶりに日米路線にエアバスA330-900neoが投入される。

サービス

座席

長距離国際線では、デルタ・ワン(ビジネスクラス、旧名:ビジネスエリート)とデルタ・コンフォートプラス(プレミアムエコノミークラス、旧名:エコノミーコンフォート)およびメインキャビン(エコノミークラス)の実質3クラス制をとる。

コンフォートプラスはマイルではなく金額でアップグレードできることなどから、いわゆるプレミアムエコノミークラスに分類されることもある。シートそのものは基本的にメインキャビンと同じだが、10番台の列など機体前方に位置しており、前後座席感を10cm強広くとり、さらにリクライニング角度を約1.5倍増やしたもので、スペースにゆとりがある。また優先搭乗やスターバックスのコーヒーや上質なスナックが楽しめるといった特典がある。

その他のアメリカ国内線や近距離国際路線ではファーストクラスとコンフォートプラス、メインキャビンの3クラス制で運航されている(ごく一部のデルタ・コネクション便に限り全席メインキャビンが採用されている)。例外的に、一部のアメリカ国内横断路線(ニューヨーク/JFK - サンフランシスコ、ロサンゼルス間)においては長距離国際線同様にファーストクラスの座席をデルタ・ワンに替えて運航する。

近年は中長距離国際線やアメリカ国内線の長距離路線に使用するB767(-300ER/-400ER)、B777(-200ER/-200LR)、B757を中心に機内全面リニューアルを進めており、デルタ・ワンにフルフラットベッドシートの装着、コンフォートプラスとメインキャビンでは、最新のオンデマンドエンターテイメントシステム搭載を行っている。

2017年10月30日よりデトロイト - 東京/成田線に導入されるエアバスA350は、新仕様のビジネスクラス「デルタ・ワン スイート」を32席搭載。世界初の個室スライドドアを設置して個室空間を提供し、全席通路アクセスができるフルフラットシートとなる。そのほかプレミアムエコノミークラスでは「デルタ・プレミアムセレクト」を48席搭載するほか、メインキャビン226席を搭載した計306席仕様になる。なお、新仕様のビジネスクラスとプレミアムエコノミークラスは、既存のボーイング777-200ER/LR型機にも搭載されていた。

機内サービス

長距離国際線では全席で機内食やアメニティを提供する。デルタ・ワンは、TUMI製ポーチのアメニティセット、コース料理や様々なアルコール類を含めた飲料が無料で提供される。メインキャビンにおいては飲料は原則としてノンアルコール飲料のみ無料であるが、例外的に日本発着便を中心とした一部路線でビールやワインを無料としている。また2016年7月より、日本 - アメリカ線(日本発ホノルル行を除く)にて、メインキャビンを含む全座席でアイスクリームを提供。9月15日以降は従来のアメニティに機内用スリッパを全座席で提供する。

短距離国際線およびアメリカ国内線ではユナイテッド航空やアメリカン航空などの競合他社と同様、ファーストクラスでは食事・アルコール類を含めた飲料を無料とし、メインキャビンではノンアルコール飲料およびスナックが無料で提供される。なお、「EATS」という名称で有料で機内食を販売するサービスもある。

2016年、競合各社との差別化を図るため、ニューヨーク/JFK - ロサンゼルス、サンフランシスコ間で、エコノミークラスの乗客に対しても無料の機内食提供を試験的に開始。2017年3月1日からは、北米大陸横断路線の12路線に拡大することとしている。

機内インターネット

Gogo Inflight Internetの技術を使用した無線LANによるインターネット接続サービスを有料で提供している。アメリカ国内線のみならず、2018年現在は長距離国際線の全ての路線でも使用可能である。

対象となる機材は以下の通り

【Ku技術を使用】ボーイング757-200/ボーイング767-300/ボーイング767-400/ボーイング777-200/エアバスA330

【2Ku技術を使用】ボーイング737-800/ボーイング737-900/ボーイング757-200/エアバスA319/エアバスA320/エアバスA321

【2Ku技術導入予定】ボーイング737-700/ボーイング757-300/エアバスA350XWB

スカイマイル

スカイマイル(SkyMiles)は、デルタ航空のマイレージサービスである。2009年10月にノースウエスト航空のワールドパークスと統合され、提携航空会社が大幅に増えた。また、2011年1月1日よりマイル有効期限が廃止された。

スカイチーム加盟各社のほか、下記の航空会社と相互提携している。

ゴル航空

中国南方航空(2019年にスカイチームを脱退)

ハワイアン航空(一部制限あり)

ヴァージン・オーストラリア

以前行われていたアラスカ航空との提携は2017年を最後に終了した。アラスカ航空は2021年にワンワールドに加盟した。

アジア太平洋地域在住会員のみ、下記の航空会社の特典航空券が得られる(搭乗した場合の加算はできない)。

タイ・エアアジア

ジェットスター・アジア航空

スカイマーク

なおシンガポール航空(スターアライアンス)は、航空連合が異なるにも関わらずスカイマイルと提携していた時期があり、ワールドパークスとの統合後も、マイルの加算・利用ができたが、2010年5月15日にこの提携が解消されている。

空港ラウンジ

アメリカ国内の空港を中心に、「SKY CLUB(スカイクラブ)」の名称で空港ラウンジを提供している。利用対象はビジネスエリート・ファーストクラスの乗客やスカイマイルのメダリオン会員(上級会員)およびスカイチーム加盟航空会社の上級会員の一部を中心とするが、それ以外の乗客でも利用料を支払うことで入場できる。サービス内容はラウンジによってそれぞれ異なるが、飲料・軽食・雑誌・新聞類の提供はほぼ共通してなされる。日本においては、ハブ空港である成田空港において、第1サテライトと第2サテライトの二箇所でスカイクラブラウンジを運営していた。しかし、成田発着便の減便に伴い、第1サテライトのラウンジは2017年5月15日で営業終了した。一方、ミネアポリス線などに就航した羽田空港では提携ラウンジを提供し、成田のラウンジ縮小を羽田のラウンジ提供強化という形で補っている(以前は、上級会員でもエコノミーシートでは羽田の提携ラウンジは利用不可となっていた。これは成田ラウンジと異なる運用で、上級会員から不満が出ていた。現在は、成田ラウンジと同様、エコノミーでも上級会員であれば羽田の提携ラウンジが利用可能となっている)。北米路線で成田からの撤退・羽田への集約を進め、2020年3月には羽田空港第3ターミナルにデルタ・スカイクラブ・ラウンジを新設することを発表した。

コードシェア

スカイチーム以外では、下記の航空会社とコードシェア便を運航している。

ヴァージン・オーストラリア

アラスカ航空

ウェストジェット航空

ゴル航空

ミッドウェスト航空

ハワイアン航空

ロイヤル・エア・モロッコ

なお、大西洋路線ではエールフランス、KLMオランダ航空、アリタリア-イタリア航空及びヴァージン・アトランティック航空と共同事業を行っており、どの会社がいずれの会社の運航便を販売しても利益とコストを分割し運営を効率化している。

その他

広告、宣伝活動

1996年アトランタオリンピックや2002年ソルトレイクシティオリンピック、2028年ロサンゼルスオリンピック、コパ・アメリカ・センテナリオなどのオフィシャルエアラインを務め、MLBのアトランタ・ブレーブス、シンシナティ・レッズ、デトロイト・タイガース、ニューヨーク・ヤンキース、ニューヨーク・メッツ、セントルイス・カージナルス、ピッツバーグ・パイレーツ、サンディエゴ・パドレス、ワシントン・ナショナルズや、NFLのバッファロー・セイバーズ、NHLのロサンゼルス・キングス、NBAのロサンゼルス・レイカーズ、イングランド・プレミアリーグのチェルシーFCなどのスポンサーを務めている。

選手移動などで協力していて、同社機材ボーイング757-200などではVIP(オールファースト72席)仕様の機材などで運用されている。

2016年リオデジャネイロ五輪では、同社本拠地のアトランタで事前合宿していた出場予定のU-23サッカーナイジェリア代表がチーム内不手際で、前日までの現地(マナウス)乗り入れ出来ていない状況でチーム移送依頼があり、チームからの支払いの保証をとらずに6時間以内で手配し、救援チャーター便を仕立て、チームを試合開始6時間前までに現地へ輸送したりしている。

2018年3月23日、大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)のオフィシャル・エアラインに就任。大迫の活動拠点であるオレゴン州への日米間の移動をサポートするほか、日米路線の広告やプロモーション、キャンペーンなどに起用するとした。

予約システム

デルタ航空は「deltamatic」と呼ばれる予約システムを使用している。

制服

2020年現在、デルタ航空の客室乗務員、整備士、手荷物係の制服は、ランズエンド社の製品となっている。この制服は2018年5月から採用されているが、採用直後から着用している客室乗務員が身体上の不調を訴えるようになり、2019年12月には客室乗務員ら500人あまりがランズエンドを相手取ってアメリカ連邦裁判所に訴訟を起こす事態となった。ランズエンド側は、問題とされた制服について「厳格な世界基準通り、あるいは基準を上回っている」と回答して対抗しているが、デルタ航空側は、新しい制服への切り替えを準備している。

新型コロナウイルス対策

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大局面においては、アメリカ疾病対策センターの指針に沿って、機内の乗客と乗務員全員に対し常時マスクの着用を求めることとなった。同年7月23日には、デトロイト空港から離陸する機内で乗客2人がマスク着用を拒否したため、同機が搭乗ゲートに引き返して拒否した乗客を降ろす出来事もあった。

この他、空港チェックインカウンター等にはアクリル板の仕切りを設置し、旅券読み込み機能を備えた自動チェックイン機や顔認証システム式自動改札機の導入など、大幅なタッチレス化を推進している。

航空事故

デルタ航空が起こした主な事故。

1967年3月30日、ニューオーリンズ国際空港付近で訓練飛行を行っていたデルタ航空9877便(ダグラス DC-8-51)が着陸進入中にコントロールを失い住宅街に墜落した。乗員6人全員と地上の13人が死亡した。

1972年5月30日、訓練飛行を行っていたデルタ航空9570便(マクドネル・ダグラス DC-9-14)がグレーター・サウスウエスト国際空港への着陸進入中に前方を飛行するDC-10の後方乱気流に遭遇し、墜落した。乗員4人全員が死亡した。

1985年8月5日、フォートローダーデール・ハリウッド国際空港発ダラス・フォートワース国際空港経由ロサンゼルス国際空港行のデルタ航空191便(L-1011 トライスター)がダラスで着陸直前にマイクロバーストに遭遇。空港の手前に墜落し、乗員乗客163人中134人と乗用車を運転していた1人が死亡した。

1988年8月31日、ジャクソン・エヴァース国際空港発ダラス・フォートワース国際空港経由ソルトレイクシティ国際空港行のデルタ航空1141便(ボーイング727-232Adv)がダラスでフラップを出さずに離陸。滑走路の端から980メートル地点に墜落し、乗員乗客108人中14人が死亡した。

1996年7月6日、ペンサコーラ地域空港発ウィリアム・B・ハーツフィールド国際空港行のデルタ航空1288便(マクドネル・ダグラス MD-88)がペンサコーラで離陸滑走中にエンジンが爆発。離陸を中断し、機体は滑走路上で停止した。乗員乗客142人中2人が死亡した。

2015年3月5日、ハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ国際空港発ラガーディア空港行のデルタ航空1086便(マクドネル・ダグラス MD-88)がラガーディアで着陸に失敗。滑走路をオーバーランし、空港外周のフェンスを突き破って停止した。乗員乗客132人全員に死者はなかった。詳しくはデルタ航空1086便着陸失敗事故を参照。

2024年9月10日、デルタ航空295便(エアバスA350)とエンデバー航空5261便(ボンバルディア CRJ900)が米ジョージア州アトランタのハーツフィールドジャクソン国際空港で離陸しようとしたデルタ航空機と衝突した。これによりCRJ型機の垂直尾翼が折れ、デルタ航空の295便のA350は自力でゲートまで移動し、乗客を降ろした。これにより、周辺の誘導路は閉鎖された。295便は代替機材として、ロサンゼルスオリンピック塗装(LA28塗装)のエアバスA350-900型機(機体番号:N522DZ)をアトランタから東京国際空港へ向かわせた。

2026年3月29日、デルタ航空104便(エアバスA330)は、グアルーリョス国際空港を離陸した直後、左翼エンジンから出火。乗務員は直ちに引き返し、無事着陸した。

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インサイダー取引

インサイダー取引

0 買い (P) 0 売り (S) 純額: $0 + 12 非公開市場取引未満 過去12ヶ月間、下記取引に基づく

現在の引用に対する価格変動、提出以降の企業活動に対する分割調整済み — ベンチマークなし、年率換算なし、サイズ加重なし

12件のその他の提出書類が非表示です
日付 ティッカー コード 株式数 株価 評価額 保有後 Δ保有 A/D 現在比
2004年11月12日 DAL S 5,206,897 $27.50 $143,189,668 0 直接 -100.00% 処分済み 198.6% 2026-08-21時点の価格

買 = 公開市場での購入 · 売 = 売却 · 買 = 付与/授与 · M = オプション行使 · 売 = 贈与 · 売 = 税金源泉徴収

インサイダー取引は推奨ではありません。売却は、流動性または税金の理由によることが多いです。

デリバティブ保有(フォーム4、テーブルII)

フォーム4、テーブルIIに記載されているオプション、RSU、および転換可能証券。

日付 ティッカー 証券 原資産 権利行使価格 満期日 株式数 A/D
2004年12月22日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy) Common Stock (675,000) $12.35 2014年6月1日 675,000 処分済み
2004年12月22日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy) Common Stock (675,000) $12.35 2014年6月2日 675,000 処分済み
2004年12月22日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy) Common Stock (324,000) $13.00 2013年2月7日 324,000 処分済み
2004年12月22日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy) Common Stock (135,000) $12.35 2013年10月1日 135,000 処分済み
2004年12月22日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy) Common Stock (216,000) $12.35 2004年3月14日 216,000 処分済み
2004年12月22日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy) Common Stock (960,000) $11.60 2014年12月22日 960,000 取得
2004年11月12日 DAL Series B-DL Common Stock Class A Common Stock (5,206,897) 5,206,897 処分済み
2004年6月2日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy) Common Stock (480,000) $12.35 2014年3月10日 480,000 取得
2004年6月2日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy) Common Stock (300,000) $12.35 2013年10月1日 300,000 取得
2004年6月2日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy) Common Stock (720,000) $13.00 2013年2月7日 720,000 取得
2004年6月2日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy) Common Stock (1,500,000) $12.35 2014年6月1日 1,500,000 取得

権利行使/転換価格は、該当しない場合(例:RSU)は空白です。

初期保有(フォーム3) 13保有

SECフォーム3に基づく、インサイダーになった当初の保有証券。

日付 ティッカー 証券 株式数 保有
2025年12月3日 DAL Common Stock 6,770,601 直接
2021年7月22日 DAL Class A Common Stock 52,000,995 直接
2021年7月22日 DAL Earnout Shares→ Class A Common Stock (2,308,546) 2,308,546 直接
2021年6月30日 DAL Class C common stock [F1,F2,F3] 8,277,958 直接
2021年6月30日 DAL Non-voting common units of Alclear Holdings, LLC→ Class A common stock (8,277,958) 8,277,958 直接
2004年5月26日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy)→ Common Stock (1,500,000) 1,500,000 直接
2004年5月26日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy)→ Common Stock (1,500,000) 1,500,000 直接
2004年5月26日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy)→ Common Stock (720,000) 720,000 直接
2004年5月26日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy)→ Common Stock (300,000) 300,000 直接
2004年5月26日 DAL Common Stock Warrant (Right to Buy)→ Common Stock (480,000) 480,000 直接
2003年12月16日 DAL Series B- DL Common Stock→ Class A Common Stock (1,250) 1,250 間接
2003年12月16日 DAL Class A LLC Units [F6]→ See Footnote [F4] 間接
2003年12月16日 DAL Class B LLC Units [F6]→ Class A Common Stock or Series B- DL Common Stock (111) 111 間接